木舟町(近世〜近代)
江戸期〜現在の町名高岡木舟町とも称した高岡町本町三十五町の1つ(高岡町図之弁/高岡市史)加賀藩領慶長14〜19年は高岡城下のうち高岡古城の西南部に位置する町名は礪波【となみ】郡木舟城下から善右衛門など20余戸が移住したことにちなむ(高岡町由緒聞書)前田利長が豊臣秀吉より拝領の御所車を与えたという7町の1つで,関野神社祭礼に曳き回す御車山を所有する元禄2年夏,松尾芭蕉は曽良を伴い当地を訪れた(高岡市史)寛政12年の中川原町の大火で類焼し,全町65戸焼失天明5年の家数67,明治5年の戸数72(高岡市史)明治3年郵便役所設置同11年出火し80戸焼失翌12年出火し,他町に延焼する大火となり2,000余戸を焼失明治9年石川県,同16年富山県に所属同22年高岡市木舟町となる昭和5年の戸数44・人口279同43年一部は現行の高岡市川原本町の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7318535
最終更新日:2009-03-01