教恩寺下町(近世)
江戸期〜明治初期の町名高岡教恩寺下町とも称した高岡町地子町二十二町の1つ(高岡町図之弁/高岡市史)加賀藩領千保【せんぼ】川東部に位置する元和元年高岡城廃城後,藩臣の屋敷跡地に町立てされた町名は越中国真宗西派触頭伏木古国府の雲竜山勝興寺の末坊教恩寺の近くにあったことによる天明5年の家数10(高岡市史)明治初期鴨島下【かもじました】町に合併合併年度は未詳現行の高岡市鴨島町のうち
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7318542
最終更新日:2009-03-01