ケータイ辞書JLogosロゴ 放寺村(近世)


富山県>高岡市

 江戸期〜明治22年の村名。礪波【となみ】郡是戸【これと】郷のうち。加賀藩領。寛永期に416石の村高があり給人10人に分給されていた(川合文書)。寛文10年の村御印では村高476石・免5.1,小物成は鮎川役1匁・役1匁。用水は新又口用水より取水。嘉永2年に和右衛門が江肝煎として活躍(戸出町史),嘉永2年の五人組帳によれば,七兵衛・甚松・吉十郎・和右衛門・平助・吉三郎の6人組に分かれていた。鎮守は市姫神社で弁財天を祀る。祭札には獅子舞が行われ,戸出【といで】地区では最も古いと伝えられる。明治5年の世帯36・人口205。同10年の戸出小作騒動の時当村の地主清都家にも暴徒が侵入した。同9年石川県,同16年富山県に所属。同22年礪波郡是戸村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7321742
最終更新日:2009-03-01




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