ケータイ辞書JLogosロゴ 六家村(近世)


富山県>高岡市

 江戸期〜明治22年の村名。礪波【となみ】郡五位荘のうち。加賀藩領。村高は明暦2年の村御印では432万・免5。延宝4年の家数23,村肝煎は久右衛門(川合文書)。元禄16年7月大洪水となり往還道の橋が流出した(五十嵐文書)。宝暦9年の持高構成は百姓数44,うち50石以上1,50〜10石6,10〜1石5,1石以下12。懸作高210石(加賀藩改作法の研究)。用水は七ケ用水。天保5年備荒倉が設置された。年貢米は立野御蔵および高岡蔵宿に収納される。「天保郷帳」では村高589石。明治4年の戸数49・人口254,田畑41町余(明治初年の礪波)。同9年石川県,同16年富山県に所属。同22年礪波郡東五位村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7322686
最終更新日:2009-03-01




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