ケータイ辞書JLogosロゴ 渡り村(近世)


富山県>高岡市

 江戸期〜明治22年の村名。射水【いみず】郡二上【ふたがみ】荘のうち。加賀藩領。天正13年前田利勝(利長)は,二上渡守に判物を与えこれを掌握したが,この渡し場が当村の前身と考えられる。また慶長6年,冨山城の前田長種は,二上の渡守船頭に渡舟新造に際し通行人から馬1頭につき米5合,人1人につき3合ずつ徴収することを許した。さらに同11年前田氏奉行人は二上村の渡舟船頭中に屋敷を与え,一昼夜交通の便をはからせている(越中志徴)。以後二上の渡しとして8人の水手を置いて対岸木町との間の人馬の通行の便をはかった。村高はなかったが明暦2年・寛文10年村御印はともに守護町新村・渡り村の宛先となっており,納税は2か村の連帯責任。当村としては,鮭川役銀131匁・鱒川役銀20匁・猟船櫂役銀260匁を納めることになっていた。渡守8人に与えられる給銀は800匁で1町1反の屋敷を拝領し,渡船は1隻が長さ7間半(約13.6m)・幅7尺2寸(約2.2m)であった(射水郡巨細帳)。明治9年石川県,同16年冨山県に所属。明治5年木町との問に二上橋を架設,通行人から1人につき3厘,駕籠1挺1銭2厘,人力車および荷車1両1銭2厘,馬1匹1銭3厘の橋賃を徴収した。同14年洪水で流失したが修理し,同16年賃銭徴収延期方を石川県から許可され,同年富山県が買収。同22年射水郡二上村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7322734
最終更新日:2009-03-01




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