渡り(近代)
明治22年〜昭和45年の大字名。大字渡り村とも称した。はじめ二上村,昭和8年からは高岡市の大字。明治22年二上村役場が設置された。漁業が盛んで,春はマス,夏はアユ,秋はサケのほかに川エビ・白魚・川ガニなどを産し,特にゆでガニは有名で,高岡の花見の頃や祭りなどに女行商人が露店や町で売り歩いたが,大正中期頃から工場の汚水や農薬散布のためとれなくなった。大正8年洪水のため4戸が流失。昭和8年の戸数82・人口581(高岡市役所記録)。同28年子供の火遊びから出火,全焼52戸,罹災者は63世帯・394名におよび二上小学校や守護町の大敬寺に避難した。同36年二上橋は廃橋となり,川下に新橋が架設され,当地を通る道は裏街道となった。同40年の世帯205・人口952(高岡市住民登録人ロ一覧表)。同45年現行の守護町1丁目の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7322735
最終更新日:2009-03-01