日理駅(古代)
平安期に見える駅名「延喜式」「和名抄」に見える北陸道の駅で,川合(川人)駅の次駅関連地名として「和名抄」婦負【ねい】郡に日理郷があり,「延喜式」巻26主税上に日理湊があるいずれも訓を示さないが,日は亘の省画「亘【わたり】」であろうとされる日理郷は婦負郡に属するので,おそらく神通【じんづう】川の渡河を意味する郷名であろう日理湊は越中の国津であろうから国府に近い所にあったと考えられるその国府は射水【いみず】川左岸の段丘上に比定されることから,当駅も日理湊とともに現在の伏木【ふしき】港辺に比定されるなお「万葉集」の題詞には「射水郡の駅館」と見え,これを以て日理湊とともに,射水川の右岸の六渡寺【ろくどうじ】辺に比定する説もある
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7322736
最終更新日:2009-03-01