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![]() | 下久屋[関東地方] |
利根川支流片品川下流右岸に位置する。「延喜式」巻48左馬寮に見える「久野牧」を当地に比定する説もある。応永7年7月24日の旦那売券(熊野那智大社文書1/纂集)によれば,「上野国とねのしやうのうちくやのさいしやうとのゝひき一ゑん」など現銭23貫文を滝本東六郎左衛門が鳥居衛門に売り渡している。下って天正10年と推定される壬□の極月24日の北条氏邦印判状(林文書/県史資料編7)によれば,新木河内守以下20人とその他204人の衆中に対し,この度の忠信を賞し,「いとい・もり下・くや・ぬます」のうちをもって,馬上の者には10貫文,徒歩の者には3貫文ずつを扶持し,重ねて倉内攻めの忠信を要請している。
【下久屋村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【下久屋(近代)】 明治22年〜昭和29年の利南村の大字名。
【下久屋町(近代)】 昭和29年〜現在の沼田市の町名。
