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![]() | 大野下[九州地方] |
友田川中流左岸の丘陵上に位置する。同郡内に同名2か村があるため,大野荘の下村の意から大野下と改称(岱明町地方史)。目倉尾遺跡は縄文早期の押型文土器の遺跡,中尾崎遺跡からは弥生後期の土器などが出土。中央北寄りの字内野に下村城があり,東に大跡(館か),西に馬場,南に塔ノ本があり,四郎丸・乙丸・中尾名・神次郎丸などの名田地名が残る。中程村・鍋村・扇崎村は「肥後国誌」に「下村之内」と記されるが,うち鍋村は元亨元年8月27日の紀頼隆譲状(深江文書/県史料中世5)に見え,中程村は慶長11年の検地帳があるので,すでに近世初期には分村していたと考えられる。竜造寺氏支配の時には下村城に番衆がいたといわれる。
【大野下村(近世)】 織豊期に見える村名。
【大野下村(近代)】 明治13〜22年の村名。
【大野下(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
