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方言ではスムズィという。「狩俣祖神のニーリ」などの古謡には,「しむじ」「そもじ」と見える(ニーリ1/歌謡大成?)。宮古島南西部に位置する。与那覇(よなは)湾・入江湾を擁する平坦な土地で,与那覇前浜に相対する来間島を含む。地名の由来は「下地町誌」によれば,宮古の南方,下手にある地方であることによるという。16世紀前半の下地地域を支配したのは川満大殿で,弘治13年(1500)八重山のオヤケ・アカハチの乱の際に仲宗根豊見親とともに従軍している。川満大殿は下地の主とも呼ばれ,洲鎌に居住したという。正徳年間(1506〜21)には,石造りの下地橋道を建設した。嘉靖年間(1522〜66)の頭職設置に伴い,下地大首里大屋子が置かれている。狩俣の「東山の祓い声」に外岬・下地原などの地名が見えるが,比定地未詳(ピャーシ10/歌謡大成?)。
【下地間切(近世)】 王府時代〜明治41年の間切名。
【下地村(近代)】 明治41年〜昭和23年の宮古郡の自治体名。
【下地町(近代)】 昭和24年〜現在の宮古郡の自治体名。
