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![]() | 寺崎[関東地方] |
一宮川と埴生川の合流点付近に位置する。地内の歓喜寺裏の台地には勝見城址がある。「千葉大系図」によると上総氏の一族で長柄郡金田郷を所領とした金田氏が12世紀末からこの城に居住したが,宝治元年盛常のとき千葉秀胤に縁座して所領を失い,その子胤泰は千葉氏の支族鏑木氏を継いで下総国鏑木郷に移った。しかし,文明年中常信の代に至り,千葉氏に属して戦功をあげ旧領を回復,再び金田氏を称し,数代を経て大永年中に三河国に移住したという。12世紀末はともかく文明〜大永の間,金田氏がここにいたというのは事実であろう。金田氏退去後,勝見城は武田氏の支配下におかれたらしく,「毛利文書」の北条家人数覚書・関東八州諸城覚書(神奈川県史資料編3)によると,豊臣秀吉の小田原攻めの当時,勝見城は長南城・池和田城とともに武田豊信の属城としてあげられている。廃城は武田氏の滅亡した天正18年であろう。
【寺崎郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
【寺崎村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【寺崎(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
