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沙弥島[四国地方]
角川日本地名大辞典

砂弥島とも書き,「さみしま」ともいった。坂出(さかいで)沖約3kmの瀬戸内海上に浮かぶ島(昭和42年番ノ州埋立事業により陸続きとなる)。島であった頃は,面積約0.28km(^2),海岸線の延長約3.1km。沙弥とは,梵語で出家して初めて戒を受けた僧をいうが,これは後年のあて字であろう。万葉の歌人柿本人麻呂はこの島へきて「讃岐狭峰島(さみねのしま)の石中に死人をみて作れる長歌一首,並びに短歌二首」(万葉集)を残している。ここでは「狭峰島」となっており,長歌の中では「狭岑之島乃荒磯面爾」,短歌では「妻もあらば,摘みてたげまし佐美之山」と書かれている。「玉藻集」によると「左美島がなまって沙弥島になった」とあり,以上から考えると,周囲3kmの小さな島,あるいはサヌキの国と同意義で美しい小島とでもいう意味であろうか。島内には人麻呂岩と俗称される巨岩があり,海岸には柿本人麻呂の碑がたつ。その他,「本朝高僧伝」に「釈聖宝,讃州人〈鵜足郡狭岑島人〉」とあって,理源大師の出身地であるとも伝え,また,隣の瀬居島とを結ぶ三味線島伝説もある。島の北岸ナカンダ浜はサヌカイト製の石器・縄文式土器や当時の住居跡らしい炉の跡などが出土。また,古墳時代と推定される師楽式製塩遺跡も発見されている。権現山の山頂(28m)には古墳中期〜後期の上円下方墳を中心に5つの陪塚があって,沙弥島千人塚(県史跡)と呼ばれ,理源大師の母の墓であるとも伝えている。
沙弥島(近世)】 江戸期〜明治23年の村名。
砂弥島(近代)】 明治23年〜昭和26年の与島村の大字名。
沙弥(近代)】 昭和26〜28年の与島村の大字名。
沙弥島(近代)】 昭和28年〜現在の坂出市の大字名。