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![]() | 尾平[近畿地方] |
古くは小枚と称していたという(尾平村村誌)。三滝川中流域に立地する。地名の由来は,山岡(永代寺山)の尾崎で平坦の地であることによるという(勢陽五鈴遺響)。弥生時代前期から鎌倉期にいたる複合遺跡の永井遺跡があり,一部が遺跡として保存されている。永井遺跡北部の小高い丘に県立四日市商業高校があるが,この地は長松永代寺の廃寺跡である。永代寺は天平8年僧行基建立の七堂伽藍の巨刹であったというが,永禄11年織田信長の伊勢攻めで焼失し,安置されていた白彫の阿弥陀・釈迦・薬師のうち,阿弥陀仏は兵火を逃れて東方の野田の永松山悟真寺(浄土宗鎮西派)の本尊として安置されたという。なお弘法大師が天長年間に永代寺で彫刻したという不動明王の像が厭穢山欣浄寺(真宗高田派)に永代寺の遺物として安置されている(尾平村村誌)。
【尾平郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
【尾平村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【尾平(近代)】 明治22年〜昭和29年の神前村の大字名。
【尾平町(近代)】 昭和29年〜現在の四日市市の町名。
