検索結果一覧
27件Hitしました
1から10件/27件中
![]() | 天王[中部地方] |
丹生山地東端,天王川中流左岸に位置する。地名の由来は,祇園天王宮(牛頭天王宮)が鎮座することによる(朝日町史)。地内から古墳時代の須恵器である祝部土器が出土し,なかには提瓶および坏のほぼ完全なものもあり,開墾の際古墳を破壊したものであろう。八坂神社は牛頭天王・祇園天王宮あるいは応神天王社といった。その創立を神功皇后や応神天皇に結びつけているが,不詳。中世白山権現を勧請して牛頭・白山・八幡の三社権現としていることから越知山などと同じく神仏習合の神社であった。鎌倉期には天王・宝泉寺・栃川・乙坂・馬場・市・田中・在田・甑谷・坪谷・真栗・御油・清水山の13か村の総社として栄えたらしい。室町初期の御造営記には応神天皇の時造営され,その後天応元年・弘仁13年・寛和2年・大治5年・嘉応元年・応安5年修造と記している。祇園天王社の神輿は盛んな時代には遠く山を越えて志津荘の山内まで渡御したこともあるらしく,その神輿堂屋敷跡が山内に残っている。天王社の神宮寺は応神寺といい,金剛院・円山院・応撞院・円禅坊・宝威坊の名が見え,これに弘蔵坊・大勝院を加えて応神寺七坊といった。古図を見ると境内も相当広く,本社・末社をはじめ堂塔伽藍が立ち並んでいたらしい(丹生郡誌)。
【天王(中世)】 室町期から見える地名。
【天王村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【天王(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
