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![]() | 富島[中部地方] |
九頭竜川左岸の微高地に位置し,西には栗原野が広がる。地名の由来は,「富田は飛田,富島は飛島にして,最初は対岸諸村の飛地なりしが,漸次開墾して部落をなせしにあらざるか」という(大野郡誌)。当地を古くは鶴ケ沢と称したという。「太平記」21によれば,暦応2年7月5日,南朝方堀口兵部大輔氏政が「五百余騎ニテ居山ノ城ヨリ出テ,香下・鶴沢・穴間・河北,十一箇所ノ城ヲ五日ガ中ニ攻落」したとある。また,翌暦応3年9月20日の熊谷直経代三山重行軍忠状によれば,重行は8月6日「神楽岡城・鶴沢城・莇生島城」へ押寄せ敵を追い落としている(熊谷家文書/大日古)。この鶴沢城とは当地の城のことであろう。
【富島村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【富島(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
