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![]() | 片原一色[中部地方] |
「かたはらいっしき」とも称した。日光川中流左岸に位置する。光堂川を境にしてほぼ二分されるが,左岸の一色が本郷で,右岸の片原は支村であった。天文年間頃の南朝楠木氏の裔といわれる橋本伊賀守道一の居城があったといわれる。中世の一色は,嘉暦4年6月2日付荒尾宗顕寄進状に「所奉寄進山口保内乾一色正福庵也」とあるのが初見(妙興寺文書/稲沢市史資料編7)。天文7年2月28日善応寺大日如来造像銘に「中島郡於壱食大日壱躰為志奉作立」とある(稲沢市史資料編7)。天正18年9月14日羽柴秀次は「一色野方内」124貫900文を杉浦久三郎に安堵している(杉浦家文書/同前)。
【片原一色村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【片原一色村(近代)】 明治22〜39年の中島郡の自治体名。
【片原一色(近代)】 明治39年〜昭和33年の大字名。
【片原一色町(近代)】 昭和33年〜現在の稲沢市の町名。
