辞書一覧

  • 法律用語辞典
  • アドバンスト フェイバリット 英和辞典
  • 最新 全訳古語辞典
  • 法律用語辞典
  • アドバンスト フェイバリット 英和辞典

検索結果一覧

6079件Hitしました

2611から10件/6079件中

石成村(近世)[秋田県]
角川日本地名大辞典(旧地名編)

 江戸期〜明治22年の村名。出羽国平鹿【ひらか】郡のうち。秋田藩領。正保4年に馬鞍村から700石余の村高で分村した村といわれ,同年の「正保国絵図」には本田当高651石の村として図示。「元禄7郡絵図」も同様。「享保黒印高帳」では村高756石余・当高775石余(うち本田591・本田並137・新田47),「寛政村附帳」で当高432石余(うち蔵分163・給分269)と認定。親郷醍醐村の寄郷である。この間,天明の飢饉で田畑が荒廃した折,平鹿郡下境村の高橋武左衛門・忠助兄弟は南部・津軽地方からの逃散人を集めて当村を再興し,忠助は当村にとどまって酒造業を営み,寛政2年には藩主参勤交代の折の御息所に指定されるほど富豪の家となった(雪の出羽路)。枝郷に関合・明野【あけの】・大橋の3か村があり,19世紀には関合村だけとなった。戸数は「享保郡邑記」で50軒(うち枝郷分29),「秋田風土記」で54軒。「雪の出羽路」では39軒・218人(肝煎吉郎兵衛)・馬19頭とある。用水は当初は東方金峰山から西流する明沢【あけさわ】川の余水により,のちに亀田堰・平鹿堰の恩恵を受ける。馬鞍村八幡神社を村鎮守とし,村内には神明社・稲荷社(ともに別当は馬鞍村修験行正院)をまつる。明治21年の戸数36・人口223,田136町・畑2町・山林原野15反歩余(醍醐支所資料)。同22年平鹿郡醍醐村の大字となる。