こころの辞典 夢 35 夢 dream ①夢の不思議さを経験した人は少なからずいる.人生の大切な決定を夢に後押しされた読者もいるのではないか.昔から夢のお告げは重要であった.年寄りは「夢見が悪いから何か悪いことが起こるかも知れない.気をつけるように」などと子供にいったものだ.火事の夢をみたらどういう意味だとか,そのような夢判断の本は昔から盛んでいまも売れている.1900年にフロイトが「夢判断」を発表して,新しい世紀が始まった.フロイトは夢は無意識への王道であると考えた.無意識の内容は普段は抑圧されているが,睡眠中は検閲がゆるんで圧縮,置き換え,象徴化などのメカニズムにより夢に加工される.これらのメカニズムの逆をたどれば夢から無意識内容にたどりつけるはずである.その後フロイトは夢よりも自由連想法を重んじたが,ユングは夢を積極的に治療に用い,夢には心のバランスを回復させる機能があると考えた.現代の心理療法でも夢を題材とすることがある.夢は主にレム睡眠期にみるもので,大脳皮質機能が低下し脱抑制状態になり下位層の機能が出現する.ちょうどその層で問題が起こっている場合には夢を題材とすれば治療的である.またタイミングがよければ夢はそれ自身がカタルシス効果を発揮する.河合隼雄に「明恵 夢を生きる」の著書があり,夢に関心のある人には薦められる.②無意識内容が加工されて夢になる.したがって加工を逆にたどれば無意識内容がわかる.このプロセスをさらに精密に考えることもできる.①無意識内容が加工されて夢になるプロセスは,「身体的刺激や日中の経験の残りかす」が素材となり,それに「無意識」が構造を与え,結果として夢が成立する過程であると考えられる.②夢は回想でしか語られない.さっきみた夢を思い出しながら語る.ここに必ず意識の作用が加わる.したがって,夢分析をするときにはまず語られた夢から意識作用を引き算して正味の夢を再現する.その夢の構造を手がかりとして無意識の構造を探る.素材についてはその人の生活環境を推定させるにとどまる.ロールシャッハテストと対応させるて考えると,「身体的刺激や日中の経験の残りかす」はインクのシミに当たる「素材」である.「無意識が構造を与える」ことについては,例えば建築であれば,建築素材に設計図が構造を与えることにたとえられる.ワープロであれば,テキストファイルに書式や文書スタイルが構造を与えることに似ている.例えば夢の中に蛇が出たとして,それが何を意味するか,この伝統的な夢分析の問題を考えてみよう.まず,雨水が地表を流れる場合を考えてみよう.どのように流れるかは雨水の性質によるのではなく,地表の構造による.溝がどのように走っているかが雨水の流れ方を決める.雨水でなくてもオレンジジュースでも石油でも同じである.雨水は素材で,地表の溝が構造である.夢の場合は蛇が何をするかが問題である.蛇は素材で,構造は別にある.「睡眠中の身体的刺激や日中の経験の残りかす」が素材であり,それらがどのように結合され変化するかを無意識の構造が決定する.幻覚妄想についても同様の事情がある.幻覚妄想の素材で分類することは,心理内容を反映している.幻覚妄想の形式で分類することは,脳の病理を反映している.夢でも幻覚妄想でも,何が素材で何が構造であるか,考える必要がある. 丸善「こころの辞典」JLogosID : 12020589