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法定金利
【ほうていきんり】


江戸時代より現代のほうが利息は過酷?

消費者金融商工ローンからの執拗取り立て苦しむ人のニュースが後を絶たない。病気怪我のためにお金が必要になり、つい数万借りたら膨大金額になって返しきれなくなったなどという悲惨な話が、よくテレビの画面から伝わってくる。もともと金利は、金銭消費貸借契約における法律によって上限が決められている。法定金利といわれるもので、基本的利息制限法定めている金利元本一〇万円未満は二〇パーセント元本一〇万円以上一〇〇万円未満一八パーセント元本一〇〇万円以上は一五パーセント)が適用される。それなのに、なぜウソのような暴利苦しむ人がいるのだろうか。それは、債務者自由意志で払ったとされる「みなし弁済」という例外規定設けられているからだ。これを満たす出資法が適用され、上限金利は二九・二パーセント適用してもよいことになる。利息制限法には罰則規定がないために、消費者金融商工ローン業者多くは、一定の条件を満たさないまま、利息制限法を超えた金利を取っている。現代の金利比べ江戸時代はどうだったかというと、幕府が決めた法定利息年利一二パーセント上限は一五パーセントだったというから、法定金利をみる限りでは現代のほうがよほど高い気がする。もっとも「闇金」はどの時代にもいたらしく、彼ら法律触れないように「謝礼」と称して利息を取ったり、返済期日を二五日にしておき、期日に間に合わないと月末までの数日で一カ月分の金利追加できる手法をとったりしたようだ。一方旗本御家人蔵米担保貸付をおこなっていた札差といわれた金融商人貸付利子率は年一八パーセント程度で、市中質屋などに比べて安かった。しかし、様々な不正利殖を図り、豪奢生活を誇るものが次々と現れたらしい。しかし、幕府旗本御家人生活窮乏救済のためもあり、一七八九(寛政元)年に札差債権一一万両帳消しとし、貸付金利も一二パーセント引き下げた。さらに一八四一(天保一二)年には札差債権の無利子年賦強制令が出され、新規金利も一〇パーセント引き下げられることとなる。身分高い者に限っていえば、江戸時代の金利大層恵まれたものだったらしい。




東京書籍
「雑学大全2」
JLogosID : 14820804