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来る雁と帰る雁
【くるかりがねとかえるかりがね】


春のうぐいす、夏のほととぎすと並んで、秋の代表的な鳥とされる雁(かり)は、さまざまな形で和歌に詠まれて、一定のイメージを伴うものとなっている。
『古今和歌集』に「春霞かすみて去(い)にし雁がねは今ぞ鳴くなる秋霧の上に」〈秋上・二一〇・詠み人知らず〉とあるように、雁は秋に飛来し、春に北国に帰る。秋に初めて飛来する雁は「初雁(はつかり)」と呼ばれる。また、「初雁のはつかに声を聞きしより中空にのみ物を思ふかな」〈恋一・四八一・凡河内躬恒〉のように、「はつかりの」は「はつか」や「泣く」の枕詞に用いられる。
帰雁(きがん)の歌に詠まれる北国は、「雁の声を聞きて、越(こし)へまかりける人を思ひて詠める春来れば雁帰るなり白雲の道行きぶりに言(こと)や伝(つ)てまし」〈春上・三〇・躬恒〉とあることから、越の国(→こし)ともされた。北国は「春霞立つを見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへる」〈春上・三一・伊勢〉(→はるがすみ…〔〔和歌〕〕)とあるように、花のない世界だった。
雁は「かりがね」(=雁が音)とも呼ばれるように、しばしば鳴き声にも注目される。「秋風に声をほに上げて来る舟は天(あま)の門(と)渡る雁にぞありける」〈秋上・二一二・藤原菅根〉では、雁の鳴き声は舟の櫓(ろ)の音になぞらえている。これは『白氏文集』の「秋雁櫓声来たる」をふまえたものである。また、雁は月と取り合わされることも多く、「白雲に羽うち交はし飛ぶ雁の数さへ見みる秋の夜の月」〈秋上・一九一・詠み人知らず〉(→しらくもに…〔〔和歌〕〕)などの歌がある。
さらに雁は、『漢書』蘇武(そぶ)伝の雁信(がんしん)の故事から、便りや消息を伝える使者のイメージをもっている。蘇武は匈奴(きょうど)に捕らえられ、長年抑留されていたが、雁の足に手紙を結びつけて、健在であることを都へ知らせたという。『万葉集』以来「雁の使ひ」の形で詠まれており、『古今和歌集』にも、「秋風に初雁が音(ね)ぞ聞こゆなる誰(た)が玉づさをかけて来つらむ」〈秋上・二〇七・紀友則〉(→あきかぜにはつかりがねぞ…〔〔和歌〕〕)などが見られる。




東京書籍
「全訳古語辞典」
JLogosID : 5113476