札幌独立キリスト教会
【さっぽろどくりつきりすときょうかい】

札幌市中央区大通西22丁目にある無教派独立のプロテスタントキリスト教会。W.S.クラークの手になる「イエスを信ずる者の契約」(明治10年3月)に署名した札幌農学校第1・2期生が中心となって,明治14年10月に南2条西6丁目の「白官邸」で創立された。札幌で最初のキリスト教会であることから札幌基督教会と称する。教会は札幌農学校の同窓意識を基に,「厳格なる信仰箇条と煩雑なる礼拝儀式の束縛を厭い」,無教派独立を宣し,同15年12月に米国メソヂスト監督教会からの借入金を返済し,名実ともに独立。教会員は,伊藤一隆・大島正健・渡瀬寅次郎・内田瀞・内村鑑三・宮部金吾らが中心で,日本キリスト教の一源流といわれる札幌バンドを象徴する。明治18年に南3条西6丁目に新会堂を建て,「アカシヤの教会」と呼ばれた。同20年代初頭,大島正健の指導下に活発な伝道を行い,教勢は市内から市来知・月形・当別などへ広がり,空知集治監を基盤とする空知教会などの独立教会を建設した。明治32年10月内務省令による教会として認可され,翌33年2月札幌独立基督教会と改称。大正11年10月にクラーク記念会堂を大通西7丁目に新築。「蔦の教会」として有名になる。宗教団体法に基づく教会合同に加盟せず,昭和17年4月単立の宗教法人として認可されたが,名称の「独立」は認められず札幌大通基督教会と改称。同21年3月札幌独立基督教会の名称に復帰。同38年現在地に新会堂クラーク・宮部記念会堂建設。同44年発寒ひかり保育園を創設。教会は当初,洗礼・聖餐を執行していたが,明治34年に内村鑑三の助言等もあり洗礼・聖餐の二礼典を廃止するなど,独自な歩みをした。牧師は組合教会・聖公会等の出身者が就任するなど,教派に捉われることなく会員の総意で決められた。また,会員である平信徒が証詞によって日曜礼拝を守った。こうした運営は,W.S.クラークの信仰指導の伝統を継承したもので,平信徒による集会と伝道が教会の生命となっていることをうかがわせる。教会は知識人・医師・有力商人を多く擁し,創立時には禁酒会・婦人矯風会運動の中心として活躍。現在は創立100年記念事業として「札幌福音的教育・平和研究会」を組織し,平和の創造を課題として取り組み,講演会などを開催している。なお創立者の1人内村鑑三は,不敬事件を契機に教会へ迷惑がかからぬよう明治24年1月に脱会したが,同33年11月に再入会し,宮部金吾の友人として独立教会の運営を積極的に支援した。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7003415 |





