100辞書・辞典一括検索

JLogos

30

長沼
【ながぬま】


夕張川・旧夕張川・千歳川に囲繞される馬追原野の全域。地名の由来は,夕張農場内にあったアイヌ語でタンネトゥ(長き沼の意)という沼の名による(長沼町の歴史)。江戸期の松浦武四郎「丁巳日誌」に「タン子トウ,此沼巾五六丁にて長凡弐里有」とあり,細長い形をしていたことがわかる。沼は昭和52年圃場整備のため埋められ,現在は同所に村名由来の碑が建つ。明治19年内田瀞が植民地選定のために来訪。同20年吉川鉄之助が渡辺伝二とともに入植,吉川は初代長沼村戸長となる。「殖民地選定報文一」によれば,当時この地は,西部が湿原,南部が火山灰地の未開地で,夕張川河口から18~19里上流までは丸木舟が通行できたが,ラプシトーとタンネトウの2沼の浅瀬とトイショウの急難のために貨物の輸送は陸送のみとなるとある。また,和人の居住はなく,今の栗山町雨煙別にトマンリューとニセンカ,由仁村に鉄五郎という3人のアイヌ人がいて夕張川で魚類を捕えて生活を営んでいたという(長沼村史)。交通道路として札幌―千歳―馬追山―由仁間に草分け道があったが,明治22年に空知集治監(夕張郡長)の渡辺惟精により岩見沢~角田間の夕張道路が囚人の手によって開削されると,当地にはクッタリ(現栗沢町栗丘)から夕張川を渡船で往来するようになった。
長沼村(近代)】 明治25~35年の村名。
長沼村(近代)】 明治35年~昭和26年の夕張郡の自治体名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7006035