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宮下通
【みやしたどおり】


(近代)明治40年~現在の町名。1~26丁目がある。はじめ旭川町,大正3年旭川区,同11年からは旭川市の町名。明治40年1~20丁目,昭和4年21~24丁目,同41年25~26丁目が成立。もとは旭川町大字旭川町の一部。市制施行以前は字名。明治28年旭川村の市街地に設置された宮下町5~20丁目の地域。同32年大字宮下通と称された。明治27年忠別川岸にあった通称義経台に上川神社を設置するが,同31年鉄道工事のため移転。この義経台はチャシコツ(砦・跡の意)で文化神オキクルミのチャシであったという伝説が残されている。明治26年真宗大谷派別院創設。同31年官設鉄道上川線・天塩線が開通し,旭川駅および機関庫・工場など付属施設開設。同32年官設鉄道十勝線開通。同33年上川文武館設置。同39年開通した馬車鉄道は,大正7年廃止。明治40年私立裁縫専修会が開設するが同年移転。同41年旭川電灯合資会社設立。大正3年鉄道治療所(のちの鉄道病院),同5年駅前警察官派出所設置。旭川郵便局内に同8年通信養成所(のちの札幌逓信局逓信講習所旭川支所)を設置。昭和4年市内電車開通。同年宮下尋常小学校開校,同22年日新小学校と改称。昭和6年設置の旭川養老院は,同20年旭川救護院を統合して,同28年花咲町へ移転。昭和20年師団通りの一部を平和通りと改称。同23年旭川鉄道局設置。同35年旭川駅は民衆駅として再建新装。昭和4年曙通・字牛朱別,同31年宮前通西・宮前通東,同41年東町1~3丁目の各一部を編入。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7008716