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奥羽本線
【おううほんせん】


日本国有鉄道の基幹路線の1つ。東北本線福島駅(福島県)から青森駅(青森市)に至る。延長487.4km,県内延長62.0km。県内駅数14。福島から奥羽山脈の西側を北上,山形(山形県)-秋田-大館(以上秋田県)を経由して,青森県に入り,弘前-浪岡を経て青森に至る。首都圏と東北地方の日本海側地域を結び,また,日本海縦貫線の一部として,関西方面との連絡に重要な役割を果たすが,東北新幹線の開業と東北横断各線の整備により,首都圏への直通ルートとしての役割は減少しつつある。県内においては,県都青森市と津軽平野の中心地弘前市を結ぶ都市間交通として重要な役割を果たす。奥羽線グループの本線として,多くの支線を有するが,県内の支線としては,川部駅(田舎館村)で分岐する五能線があり,また青森駅で国鉄東北本線・津軽線・青函航路に接続する。また大鰐駅(大鰐町)で弘南鉄道大鰐線,弘前駅で弘南鉄道弘南線,川部駅で弘南鉄道黒石線と接続する。奥羽線は,青森側と福島側から着工,青森から南下する路線を奥羽北線,福島から北上する路線を奥羽南線と称した。奥羽北線は,明治26年7月青森~碇ケ関(いかりがせき)間が着工され,翌27年12月に青森~弘前間が開通。新城(青森市,大正4年9月津軽新城と改名)・大釈迦(浪岡町)・川部・弘前の各駅が開業した。開業当時の運行本数は上下3本,所要時間1時間19分,運賃は下等28銭,中等56銭。同28年弘前~碇ケ関間が開通,大鰐・碇ケ関の両駅が開業した。同年9月碇ケ関~大館間着工,同32年11月開通と順調に工事は進み,同35年10月秋田まで,さらに同38年6月横手(秋田県)まで開通した。同年9月横手と奥羽南線湯沢(秋田県)間が開通し,青森~福島間が全通し,名称も奥羽線となった。明治42年10月制定の国有鉄道路線名称により,本線・支線の別を明確にするため,奥羽本線と改名(日本国有鉄道百年史)。大正5年7月石川(弘前市),同13年12月北常盤(常盤村),昭和8年1月鶴ケ坂(青森市),同10年4月撫牛子(ないじようし)(弘前市),同24年6月津軽湯の沢(碇ケ関村),同27年12月長峰(大鰐町)の各駅が開設された。路線の複線化工事は,昭和43年8月に石川~弘前間,同45年9月撫牛子~川部間,同年11月秋田・青森県境の矢立峠に矢立トンネル(3,180m)の完成により,陣場(秋田県)~津軽湯の沢間が開通。同46年8月津軽湯の沢~長峰間の複線化工事完成と同時に,秋田~青森間の電化も完了した。同55年5月,青森~川部間31.1kmの複線化工事が開始されたが,財政難のため完成の見込みは立っていない。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7010151