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大沢川原小路
【おおさわかわらこうじ】


(近代)昭和20~41年の盛岡市の町名。もとは盛岡市仁王字大沢川原小路。江戸期は大沢河原表・大沢河原裏と称する武家屋敷地であった。両町は明治初年に合併して大沢川原小路と称し,明治4年には仁王村の字となっている。明治8年の戸数87(盛岡市史)。同30年市立盛岡女学院が創立され,同35年県立高等女学校と改称,さらに同44年県立盛岡高等女学校(現県立盛岡第二高校)となり,大正11年上ノ橋町に移転。また,明治32年盛岡農学校(現県立盛岡農業高校)がこの地に移り,昭和4年向中野に移転。明治43年には私立江南義塾(現私立岩手橘高校)が下小路から当地へ移転。また大正10年私立岩手高等女学校(現私立岩手女子高校)が設立された。昭和28年には岩手労働金庫ができた。昭和26年の世帯数391・人口1,824(男870・女954)。一部が同38年大通2丁目・菜園2丁目・大沢川原1~3丁目となり,残余が同41年大通3丁目・開運橋通となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7013860