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葺手町
【ふくでちょう】


旧国名:陸奥

(近世~近代)江戸期~昭和38年の町名。江戸期は盛岡城下の一町。町人地。古くは屋根葺町といい,明暦元年葺手町と改められた。城東地区に属し,中津川左岸の東に位置する。町名の由来は,屋根葺職人が居住させられた地であることによる。盛岡藩が幕府に届け出た盛岡二十三町の1つ。天明8年の家数38・人数327(邦内郷村志)。「盛岡砂子」によれば町の規模は1町半程,紺屋町の東裏通を斗米といい,紺屋町から当町へ出る横町を愛染横町と称したという。いずれも当町のうちとされていたと思われる。斗米の地には大石が多く,八幡宮の石の鳥居はここの石を切ったものともいわれる(同前)。斗米には江戸初期に建立したと伝える真言宗斗米山長福院がある。愛染横町は,地内に愛染明王像を有する真言宗宝林山愛染院に由来する町名で,明王像はのちに愛染院が廃寺となってから長福院に移された。愛染横町北側に斗米稲荷があり,別当は長福院で神体は仁王小路の長谷寺にあって住職であってもその神体を拝することはできなかった(同前)。明治8年の戸数80(盛岡市史)。明治4年志家村の字名,同22年盛岡市志家の字名,昭和20年からは盛岡市の町名となる。昭和26年の世帯数90・人口416(男178・女238)。同38年中ノ橋通1丁目となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7015966