小鶴
【こづる】

旧国名:陸奥
七北田(ななきた)川南側の低平地,支流梅田川沿いに位置する。横穴古墳群集地である善応寺に近く,平安期の土師器を出土する小鶴遺跡がある。地名はかつてこの地にあった小鶴池あるいは小鶴湖と呼ばれた名所に由来し,池の名の伝承には多賀城の貪欲な富豪のために千刈田の田植をさせられた小鶴子なる若い母親が,乳を与えることができないで子供を餓死させたことを悲しみ,この池に身を投じたので小鶴の名で呼ばれたとある(奥羽観蹟聞老志)。小鶴池を詠んだ古歌「千年ふるこつるの池もかはらねば 親のよはひを思ひこそやれ むねちか」もある(源重之集)が,行方(なめかた)郡所在とする説もあった(同前)。
【小鶴村(中世)】 鎌倉期~戦国期に見える地名・村名。
【小鶴村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【小鶴(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7017687 |





