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涌谷館
【わくやたて】


遠田(とおだ)郡涌谷町内,江合(えあい)川左岸城山(しろやま)にあった城名。永享3年から大崎氏末流の涌谷氏が居城したという。天正19年伊達政宗の部将亘理重宗が入城し,以後は江戸期を通して涌谷伊達(亘理)氏の居館であった。亘理氏の家格は一門,知行高2万2,640石・侍屋敷875・寺屋敷26・足軽屋敷517・小人屋敷41・又下中屋敷83。篦岳(ののだけ)丘陵の一支脈が南へ細長く突出した地形を利用し,北に空濠,東と西は深い谷の断崖,南に江合川が流れている要害であった。高所の平場が本丸で現在涌谷神社がある。南側に一段低い腰曲輪(こしくるわ)があり最下段に犬走りが見られ深い濠がめぐる。近世には軍事的なものから居館的なものへと機能を変え,二の丸が整備されて本丸となった。これは本城仙台城が本丸から二の丸中心となっていったのと同じである。東西109m・南北327m,総面積1万6,000m(^2)。江戸末期には大手門・中ノ門・詰門(つめのもん)と居館21棟・土蔵2。土塀をめぐらし仙台藩一門2万石の偉容を示していた。涌谷居館の西,上(かみ)丁には上屋敷が設けられ屋敷下の道路は木戸門で固めていた。明治5年取り壊され,現在は角櫓(すみやぐら)(太鼓堂)と詰門脇の石垣だけが残る。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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