野老沢村
【ところざわむら】

旧国名:陸奥
(近世)江戸期~明治8年の村名。古くは所沢とも書いた。会津地方中部,只見川下流西岸に位置する。河沼郡のうち。古くは柳津郷に属した。会津藩領。牛沢組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では所沢とあり158石余,文化15年の村日記(県史10下)では252石余,「天保郷帳」256石余,「旧高旧領」269石余。端村に上野老沢がある。村名はヤマイモの一種トコロイモにちなむともいう。寛文5年の家数32軒,うち中所沢9軒・上所沢3軒,人数279,馬13(牛沢組万改帳/会津風土記風俗帳1)。化政期の家数20軒・上野老沢12(新編会津)。漆蝋の産地で紙漉も古くから行われ,明治初年の頃は全戸が紙漉を行い広く販売していた。村西約2kmに飯谷山(標高783m)があり,8合目付近に飯谷神社がまつられ,修験の山,雨乞い神として有名である。寺院は曹洞宗月光寺,ほか薬師堂がある。明治4年の戸数40・人口230。明治8年持寄村・麻生村・野老沢村と合併して飯谷村となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7032567 |





