100辞書・辞典一括検索

JLogos

61

本新島村
【もとしんしまむら】


(近代)明治32年~昭和30年の稲敷郡の自治体名。霞ケ浦南部,利根川下流域に位置する。明治22年成立の千葉県本新島村・新島村の各一部が同県から分離して成立。旧本新島村の利根川以南の地域(川尻・大戸新田および野間谷原・石納・飯島の各一部)が千葉県東大戸村の一部となり,利根川以北の地域(上之島・上須田・西代および野間谷原・石納・飯島の各一部)は茨城県本新島村となる。また野間谷原の一部は十余島村にも編入され,新島村のうち扇島・加藤洲・磯山・附洲新田・公官洲新田は千葉県新島村(昭和30年佐原市)として残り,八筋川・境島・大島・三島が当村の一部となる。佐原下手を加え,11大字を編成。役場を石納に設置。村名は天正年間,新島料で上之島がその本を拓いたため本新島村と称した。昭和28年の業態別世帯数は農業459・工業2・水産業10・商業21・サービス業23・公務自由業16・その他55,計586(合併史)。明治・大正期と昭和初期を通じ,西代・水神に本新島村内の分教場,佐原下手に東寧小学校があり,昭和10年本新島尋常高等小学校に統合。同20年本新島国民学校八筋川分校設置,同22年本新島小学校と改称。大正10年~昭和2年一般家庭に電灯架設。同19年から19年後半にかけて農村電化完了。同26年国鉄バス霞ケ浦線水神浦向回りが開通。明治22年以後の水害は利根川と小貝川および新利根川や霞ケ浦の逆流水に起因する出水と氾濫,堤防決壊など記録に残るもの48回。世帯・人口は,大正9年407・2,229,昭和10年414・2,482,同25年552・3,322。昭和30年東村の一部となり,11大字は同村の大字に継承。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7040038