喜連川
【きつれがわ】

旧国名:下野
荒川上流域に位置する。地名の由来は,古名を狐川と称し,狐川が喜連川と書くようになったという(旧県史)。喜連川城跡・喜連川館跡がある。喜連川城は倉ケ崎城ともいわれ,規模は長径600m,幅は平均約150mの連郭式山城。文治2年塩谷惟広の築城と伝え,以降塩谷氏累代17代までの城として天正18年まで同氏の本拠であった(県の中世城館跡)。喜連川館は文禄2年から足利氏の居城(同前)。
【喜連川(中世)】 鎌倉期から見える地名。
【喜連川町(近世)】 江戸期~明治22年の町名。
【喜連川村(近代)】 明治22年の塩谷郡の自治体名。
【喜連川町(近代)】 明治22年~現在の塩谷郡の自治体名。
【喜連川(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7041598 |





