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熊田
【くまだ】


旧国名:下野

江川と支流岩川の合流点付近に位置する。東と西に丘陵が南北に走り,地内を江川が南流する水田地帯である。地名の由来については,江川の一隈に開けた耕地の意味から,隈田(くまだ)と称したとも(郡役所編那須郡誌),高麗田(こまだ)が転訛して「くまだ」になったともいう(烏山町文化財資料)。南大和久と接する山頂の南傾斜面にトヤ遺跡があり,多量の繊維を含む器肉1cm位の前期黒浜式土器が発掘されている。江川と岩川の合流地点の南に熊田城跡があり,地名を御城と称する。貞応年間那須与一宗隆4代の孫那須肥前守光資の次男弥四郎光保が築城したと伝えられる。光保は熊田氏を称したが,その後断絶。明応7年熊田摂津守通実が再興して那須又八郎道直と称し,資国・資春・資温と代々伝えて資安に至ったとき,天正18年熊田城は廃城となる。民話に棘抜き地蔵(通称北向地蔵)にまつわる話がある。また,鎌倉地蔵にまつわる哀話が伝えられており,旧暦7月24日を縁日と定めて供養している。
熊田郷(古代)】 奈良期~平安期に見える郷名。
熊田村(中世)】 戦国期に見える村名。
熊田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
熊田(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7041695