曲畑
【そりはた】

旧国名:下野
小貝川の源流に位置する。地名の由来は,丘陵の曲折している高燥の地であることによる(荒川村誌)。字西之入には曲畑・台畑・松山・学校上・大赤根などの遺跡がある。那須郡最南端で芳賀郡市貝町と接する台地にある曲畑遺跡は,水田からの比高約20mにあり,加曽利E式の土器が出土。金色に光る雲母を含んだ赤褐色の土器片で隆起線をもち,突剌によって文様が施されている。隆起線は断面が三角形で,隆起線の周囲をへらや半截竹管によって連続に突刺してある。石器では打製・磨製の石斧・石鏃・石皿・すり石・凹石などが出土している。また,台畑遺跡は前者から北に1km程離れた所に位置し,一部は梨園で,出土品は曲畑遺跡と同じ。登谷の内経塚・金堀古墳群がある。
【曲畑村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【曲畑(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7042436 |





