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西乙畑村
【にしおつはたむら】


旧国名:下野

(近世)江戸期~明治8年の村名。塩谷郡のうち。塩那丘陵と荒川左岸の沖積地の境に位置する。喜連川藩領。村高は,「慶安郷帳」200石(田160石余・畑39石余),「元禄郷帳」215石余,「天保郷帳」260石余,「旧高旧領」323石余。安政年間の「野州喜連川宿組合村御地頭姓名其外書上帳」では高215石余,家数14・人数62(喜連川町誌)。元禄8年会津中街道が開通し,問屋(太郎右衛門)が設けられた。当村から氏家宿までは1里27町余で,駄賃は本馬52文・軽尻33文,川崎村までは1里28町余で,駄賃は本馬53文・軽尻33文であった(矢板市史・塩原町誌)。地内の字坊山には竜神社があった(塩谷郡誌)。明治4年宇都宮県を経て,同6年栃木県に所属。明治8年乙畑村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7043057