小棚
【こたな】

旧国名:上野
鏑(かぶら)川の両岸に位置し,右岸には天引川が北流して鏑川に注ぐ。鏑川左岸の穴岡地区の北方は中山丘陵の山地に嵌入し,川の蛇行帯中心線が北方に移動し,浸食作用が右岸より著しく,断崖絶壁となっている。小棚の地名の由来は,この穴岡地区の地形によるものと思われる。川北には縄文・須恵・土師などの土器包蔵地が点在し,川南には古墳5基,うち4基は字城にあり(上毛古墳綜覧),字諏訪平を中心に古墳群がある(全国遺跡地図)。穴岡の弥勒寺は鎌倉期創建と伝え,南北朝期の十一面観世音像・神像,中世の板碑があり,坂口城の寄居であった山崎氏の菩提寺(吉井町誌)で,昭和56年南毛霊場第15番札所となった。近くの穴岡稲荷祠前に応永2年乙亥9月29日銘の五輪塔(上野名蹟図誌),字天谷(あまがや)(天蓋とも)に弘安10年銘の板碑などがあり(吉井町誌),稲荷祠の穴(古墳開口)が,穴岡の地名の起こりであると伝える。川南の字城坂は,戦国期の小棚城の外堀北端の名残。同城は布施川氏らの拠る城で,小幡氏か,長根氏に属したものかとも思われる(同前・群馬県古城塁址の研究下)。当地は鎌倉期に落人新井氏が土着した小根から発祥するとの説もある。
【小棚村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【小棚(近代)】 明治22年~現在の吉井町の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7045419 |





