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本郷
【ほんごう】


旧国名:上野

鏑(かぶら)川の右岸の下位段丘上に位置する。東を大沢川が北流して鏑川に注ぐ。北部地区には縄文・弥生・須恵・土師などの土器包蔵地があり,円墳21基がある。字左近で発見された阿弥陀三尊像を刻む画像板碑は,13世紀のもので町重要文化財(吉井町誌・上野国板碑集録)。このほか,六地蔵画像板碑(欠損)などがある。「上州故城塁記」に「本郷村旧塁」と見え,城跡は字石橋の西北部を占める中型の城で,東半部は明らかに残っている。現存する東南角の高土居は古墳の残片である(吉井町誌)。鎌倉期以降,片山氏が活躍するが,その居館跡とも考えられる。中世多胡郡に蟠居するのは高山党の人々であるが,甘楽(かんら)郡に勢威をふるう小幡氏の勢力圏との境目にあたる重要な地である(群馬県古城塁址の研究下)。多胡郡の郡衙は大家郷みかど(現在吉井町池字御門の多胡碑所在地)にあり,甘楽郡の郡衙跡は不明であるが,当地にみかど(三角を宛てる小字)があり,その候補地とも考えられる。当地の南半地域は長根につづく地で,古代条里制の遺跡かと考えられている(多野藤岡地方誌)。江戸初期に成立した「上野国群馬郡簑輪軍記」によれば,永禄6年西上州に侵入した武田信玄は「吉井・河内・上野・白倉・塩川・天引・馬庭・本郷・小幡,右九ケ所の小城共討取申術也とて軍功謀り給ふ」とあり,当地に小城があったことが知られる(群書21)。
本郷村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
本郷(近代)】 明治22年~現在の吉井町の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7046975