秩父鉄道
【ちちぶてつどう】

国鉄高崎線熊谷(くまがや)駅から奥秩父の玄関三峰口(みつみねぐち)駅までの秩父線と,熊谷駅から東武伊勢崎線羽生(はにう)駅までの羽生線とから成る。秩父線は明治32年に創立された上武鉄道株式会社によって明治34年10月熊谷~寄居(よりい)間が開通し,引続いて明治36年4月には寄居~波久礼(はぐれ)間が,明治44年9月には波久礼~金崎(現上長瀞(かみながとろ))間が,大正3年10月には藤谷淵(現長瀞(ながとろ))~大宮(現秩父)間が開通した。そして大正5年1月大宮町が秩父町と改称されたのを機に同年3月社名を秩父鉄道株式会社と改称した。以後大正6年には秩父~影森間が,昭和5年3月には影森~三峰口間が開通し現在に至る。昭和52年の営業収入40億円のうち,26億円が貨物収入で,武甲山の石灰岩およびセメントの輸送路線としての性格が強い。羽生線は大正10年3月北武軽便鉄道によって羽生~忍(おし)(行田(ぎようだ))間が完成し,同年4月1日から営業を開始し,引き続き行田~熊谷間の工事を行った。延長工事は一部秩父鉄道によって施工され,工事完了とともに大正11年8月から秩父鉄道により営業され,北武軽便鉄道は秩父鉄道に合併し,秩父鉄道の羽生線として現在に至る。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7050396 |





