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下板橋
【しもいたばし】


旧国名:武蔵

石神井(しやくじい)川中流の南・北両岸に位置する。中世の板橋が上・下に分村して成立。中央を中山道が北西から南東に走り,江戸期には中山道の初宿としての下板橋宿(板橋宿)があった。地内の浄土宗孤雲山慶学院乗蓮寺の開山は,英蓮社信誉無的で応永14年没。境内には板橋信濃守忠康(法名を本樹院前信州空山有賢といい,文禄2年没)の墓のほか,文永5年~文明7年の板碑5基がある。同龍光山恵照院智清寺の開山は見誉智清で永享12年没。同丹船山薬王樹院東光寺の開山天誉は延徳3年没,境内に暦応~応永年間の板碑数基があり,新義真言宗如意山観明寺にも暦応元年の板碑がある(板橋区史)。
下板橋村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
下板橋(近代)】 明治22年~昭和7年の板橋町の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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