中藤
【なかとう】
旧国名:武蔵
狭山(さやま)丘陵の南に位置する。地名の由来は「村山党の中の党といえることにて中党村なるべし」という(武蔵野話)。地内の新義真言宗龍華山清浄光院真福寺は,和銅3年行基の開山と伝える。また「鎌倉大草紙」文明9年3月20日の条に見える太田道灌村山布陣の地をこの地に比定する説がある。
【中藤(中世)】 戦国期に見える地名。
【中藤村(近世)】 江戸期~明治初期の村名。
【中藤村(近代)】 明治初期~大正6年の村名。
【中藤(近代)】 大正6年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7062895 |