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苅野岩村
【かのいわむら】


旧国名:相模

(近世)江戸期~明治8年の村名。相模国足柄上郡のうち。寛永10年・元禄10年・幕末とも小田原藩領。村高は,「元禄郷帳」で262石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに320石余。検地は万治2年。なお貞享3年朱印高は262石余(御引渡記録),元禄13年の村高覚では294石余(熊沢家文書)。小田原領西筋村々高ノ帳によれば,寛永初年の家数38軒のうち名主定夫2・本百姓8・わき者28(神奈川叢書9)。「新編相模」によれば,江戸から23里9町余,東西10町余・南北34町許,家数55軒,もと足柄峠に鎮座し足柄明神と号したという矢倉明神社は当村のほか苅野一色・弘西寺・雨坪・福泉・飯沢・猿山・狩野(かの)・中沼・炭焼所(すみやきしよ)・塚原・駒形新宿・和田河原・関本・怒田(ぬだ)・小市(こいち)・内山・平山の18か村の鎮守という。村内中ほどを矢倉沢往還が通り,矢倉沢・苅野一色村とともに3村組合で関本村と駿河国竹ノ下村間の人馬継立を行う。文化7年からは小田原宿の助郷を勤める。明治4年小田原県を経て足柄県に所属。同8年苅野村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7066414