国分
【こくぶ】

旧国名:相模
座間丘陵南部,目久尻川右岸に位置する。地名の由来は,当地に相模国分寺が建立されたことにより,古くは国分寺と称した。国分寺跡,国府跡,逆川遺跡,瓢箪塚遺跡,尼寺跡などがある。国分寺跡近くに海老名氏一族国分氏の館があったと推定されている。なお,建久2年5月の祈雨法御書裏文書(宮内庁書陵部所蔵/県史資1‐古789)に,「相模国一所 国文字 上座法橋増仁 寄進〈久安六年三月廿六日〉年貢 四丈白布百端」とあり,中央のある大寺院の末寺として記されており,久安6年3月26日上座法橋増仁によって寄進されたことがわかる。年貢は4丈白布100端と記されており,実質上は荘園化していたものと思われる。
【国分(中世)】 室町期から見える地名。
【国分村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【国分(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7066854 |





