河原田町
【かわはらだまち】

旧国名:佐渡
佐渡ケ島中央部,真野湾に注ぐ石田川右岸。中世末,河原田城の城下町として形成された。当地を本拠とする河原田本間氏の活動は室町期から認められ,文安5年7月29日の本間季直等四名連署証状によれば,同じ本間一族の青木・新穂・隅田氏らと一揆をむすんでいた(夷本間文書)。その河原田本間氏は,戦国期には羽茂(はもち)本間氏との間で抗争し,天正12年8月22日,上杉景勝の介入を招き(上杉家文書),さらに同17年6月には,河原田・羽茂両城が上杉氏の侵攻を受けて落城した。地内段丘先端部には河原田氏の居館跡・真言宗長福寺・曹洞宗本田寺がある。
【河原田町(近世)】 江戸期~明治22年の町名。
【川原田町(近代)】 明治22~31年の自治体名。
【川原田町(近代)】 明治22~31年の川原田町の町名。
【河原田町(近代)】 明治31年~昭和29年の佐渡郡の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7072308 |





