東川原崎新田
【ひがしかわらざきしんでん】
旧国名:越後
(近世)江戸期~明治10年の新田名。三島(さんとう)郡のうち。寛保3年円上寺潟が潟七か村によって開発され成立。なお文久元年福岡郡中高用留(県史資料編12)には下曽根村新田となっている。島崎川下流左岸。はじめ村上藩領,文久元年会津藩領,同2年からは村上藩領。村高は,寛保3年検地帳326石余,「旧高旧領」328石余。文政7年巡見使御案内帳(原田家文書)によれば,家数6・人数40,馬3,浄土真宗道場1・地蔵堂1。明治10年当新田の一部となる。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7077247 |