三面
【みおもて】

旧国名:越後
三面川中・上流域。「慶長国絵図」には,三面村の北西約8kmで三面川に合する猿田川の上流に猿田金山を記し,川沿いに道を描いている。住民は高橋・伊藤・小池の3氏からなり,高橋氏は黒淵,伊藤氏は泥又川の猿田川合流地付近に住んでいたという。いずれも三面川・猿田川の砂金を求めて来た人たちと考えられる。小池氏は平家の落人の後裔と称しているが,山吉家系図(上杉家文書)によれば,平頼盛の子光盛を祖とする山吉盛春の子盛藤が,魚沼郡妻有から永正7年に「妻子家臣引連れ深山へ落ち行き,子孫今は越後国村上領の山に入る。出羽国米沢領小国入山境界,三表の小池大炊之助先祖也」と記している。小池氏も黒淵に住居したという。「慶長国絵図」に「あら所へ文四ノ年罷出る」とあるので,3氏は文禄4年現在地に移ったことになる。
【三面村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【三面村(近代)】 明治34年~昭和29年の岩船郡の自治体名。
【三面(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7078203 |





