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串田新
【くしたしん】


旧国名:越中

「くしだしん」とも読む。俗に野上(のうじよう)と称している東礪波(ひがしとなみ)郡芹谷野(せりだんの)台地北端に位置する40mの台地上にあり,東は傾斜地があって和田川に臨み,西は礪波平野を一望する。戦国期増山城攻略に幾度か来攻した越後勢(上杉)の侵入路といわれている。村は寛文年間加賀藩によって芹谷野台地に開発された新開23か村のうちにあって,串田村の人によって開発されたので串田新と名づけられた(折橋文書)。集落の北端,大沢山丘陵の縄文遺跡は昭和24年3月発見,出土品は「串田新式」と命名,同46~47年には発掘調査があり,縄文中期と古墳期の居住跡が発見された貴重な複合遺跡で,同51年9月国指定史跡「埋蔵文化財串田新遺跡」と命名(県教委編串田新遺跡概報)。文化庁による遺跡公園化が進められている。
串田新村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
串田新(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7081134