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古手伝町
【ふるてったいまち】


旧国名:越中

(近世~近代)江戸期~昭和40年の町名。明治17~22年は富山を冠称。富山城下。町名の由来は舟橋の手伝方をつとめていたという手伝町に隣接したことによる。付近一帯は橋北(きようほく)・舟橋向いとも称された。これは旧神通(じんづう)川(安野屋町辺りで東に折れ富山城北側を流れた。現在の松川に蛇行時の跡をとどめる)に架けられた舟橋より北に町域があったことによる。安永2年の町名書上には見えないが(町方旧記抜書/県史近世下),天保12年には,本家貸家数27・人口113,うち男53・女60(富山町方旧事調理/県史近世下)。明治9年石川県,同16年富山県に所属。同22年富山市古手伝町となる。橋北一帯は神通川が屈曲する攻撃斜面にあたるため,しばしば出水による被害を受けてきた。明治35年神通川治水対策として河道をまっすぐにする馳越(はせこし)線工事が行われた。その結果,大正3年の出水は新川を本流としたため,旧河道をしめきる堤防が建設された。旧河道は次第に埋って廃川地とよばれていたが,昭和6年より始まった富岩運河開削の土砂をもって埋立てに着工。同10年完工し,現在の地形となった。その後神通川出水による災害はない。戸数・人口は,明治42年131・606,うち男326・女280(富山市統計書)。昭和4年101・456,同30年72・330,昭和40年現行の内幸(うちさいわい)町・芝園町2丁目・安田町の各一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7084297