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倉ケ岳
【くらがたけ】


旧国名:加賀

岳と書き,「だけ」とよぶこともある。倉ケ岳北麓,犀川(さいがわ)の支流伏見川の水源をなす山間地に位置する。集落の南方には,長享2年の一向一揆の攻撃で高尾(たこう)城を脱出した加賀守護富樫政親が一揆勢の水巻新介と組みあったまま水没死したとの伝承のある大池・小池の2池がある。標高566mの倉ケ岳は,山状が馬の鞍を置いた形であるため名づけられた。村名もこの山名に由来する。倉ケ岳山内に林六郎光明の居城とも,また一向一揆の新庄村杉谷四郎左衛門の居城とも伝える倉ケ岳城跡がある(加賀志徴)。慶長3年10月15日の高畠石見守定吉宛の前田利家書状に「くらがだけ山に金出来之由尤に候,早々申付,山の口を明させ,様子可見届候,左候はゝ奉行之事は,其方より慥成ものを可被申付候,此方より森川善左衛門を申付相添候間,いかにも念を入可被申付候,様子やがて可有注進候,後日申分無之様に念を可被入事専一に候」とあり,倉ケ岳金坑の試掘調査のあったことがわかる。しかし,利家の死後に成功しないまま閉山した。
倉ケ岳村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
倉ケ岳(近代)】 明治22年~昭和10年の富樫村の大字名。
倉ケ岳(近代)】 昭和10年~現在の金沢市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7086914