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金沢古墳群
【かねざわこふんぐん】


東八代(ひがしやつしろ)郡中道町下向山の金沢・善藤地域にある一群の古墳の総称。甲府盆地南東縁に連なる曽根丘陵上の米倉山(370m)南東麓一帯,標高320~330m内外に立地している。天神山古墳(前方後円墳)とその陪塚と考えられ,南側に位置する丸山古墳(円墳),東方のじょうれん塚古墳(円墳),天神山古墳と相対する米倉山麓稲荷社境内の藤塚古墳(円墳)などと過去に消滅したものも加えると15基ほどの古墳があったといわれる。しかし,現存するものは天神山古墳・藤塚古墳とわずかである。天神山古墳は中道町下向山小字天神にある本県第2位の大型の前方後円墳で,大丸山古墳・銚子塚古墳・小平沢古墳などから約500m前後離れた山側に奥まった位置にある。滝戸川の断崖の段丘上,標高310m付近に立地する。自然地形を利用して築造されたと考えられ,主軸をほぼ南北にとり前方部を北方に向ける。全長132m,後円部径67m,高さ12m,前方部幅29m,高さ7m。なお南側のくびれ付近に造り出しが推定されてもいる。葺石を有し,かつ周溝が南東のすそに存在したという。埴輪はない。本県唯一の未発掘の古墳で,内部主体が後円部の主軸に直交して存在すると推定される以外は不明である。副葬品はこれまでまったく知られていない。ただ昭和26~28年頃に前方部のくびれ付近の葺石の下から,土師器のが発見されている。墳丘形態からは,5世紀前半頃の築造と考えられるが,土師器は6世紀初頭前後と推定されるもので,両者の示す年代は一致しない。天神山古墳以外の古墳も内部構造の明らかなものはほとんどなく,副葬品として武器・馬具・金環などの出土が伝えられているにすぎない。当古墳群は天神山古墳を中核とし,それ以降に形成された古墳群と考えられる。文献は「東八代郡右左口村古墳群の調査」(史蹟名勝天然記念物調査報告8号,昭和9年),「甲斐天神山前方後円墳出土の」(富士国立公園博物館研究報告第3号,昭和35年),「古墳時代」(中道町誌,昭和50年)ほか。




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「角川日本地名大辞典」
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