北小野
【きたおの】

旧国名:信濃
小野川最上流域,山間の小盆地に位置する。古くから頼母(たのも)の里または憑(たのめ)の里といわれ,古歌にも詠まれた。地内の各地に縄文期の遺物が出土し,古くから小野の社(はじめは1社,いつからか小野南北大明神,北方の小野神社,南方の矢彦神社となる)があり,信濃国二宮と称され,社叢は200種に及ぶ典型的な混交林で古代の平地林の様相を残し,県天然記念物に指定されている。国府が上田から松本へ移転すると,東山道の道筋となり,深沢(みさわ)と覚志(かかし)の駅の中間地として,刈谷沢という地名から仮宿があったといわれている。「吾妻鏡」に見える信濃28牧のうちに小野牧があり,小野郷の西山山麓一帯が牧で,牧に関係した地名が各所に残っている。戦国期を中心とした山城や古戦場もある。
【北小野村(近世)】 江戸期~明治8年の村名。
【北小野(近代)】 昭和34年~現在の塩尻市の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7100352 |





