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台所町
【だいどころまち】


旧国名:駿河

(近世~近代)江戸期~昭和20年の町名。明治5~22年は静岡を冠称。江戸期は駿府城下96か町の1つ。明治22年からは静岡市の町名。駿府城の南東に位置し,城内の台所門に通じるためこの名がある。御台所町ともいう。当町の前身は横田魚町と称し,元亀年間魚の座を免許する旨の武田家朱印状(中村家文書)を伝存する鋳物師町与兵衛の家は寛文年間まで当地にあったと伝える(駿河志料)。また当町は井戸を掘っても水が出ないとされ,そのいわれは,昔弘法大師が諸国巡錫中ここを訪れて水を所望したが,みすぼらしい姿をしていたために土地の者が断ったためという(旧版静岡市史)。貞享3年の家数は本家25・借家27(府内時之鐘鋳直申ニ付入用集銭帳)。元禄5年の家数34・人数185(うち山伏5・比丘尼2・願人20),丁頭は又三郎(元禄5年申2月駿府町数并家数人数覚帳)。元禄年間創設の駿府定火消では,太鼓組に属し,出人足は12人,文政4年創設の町方百人組合火消では府中4組のうち東組に所属(旧版静岡市史)。弘化~嘉永年間の戸口32。この頃の住人佐藤又七は田地2,000石を持つといわれた(駿河国雑志)。明治41年,鷹匠町1丁目(現新静岡センター)から江尻町(現清水市)に軽便鉄道が通じ,当地に始発点から第1番目の停留所が設けられた(現日吉町停留所)。大正4年の戸数125・人口637。同13年に誉田町の一部を編入。昭和20年伝馬町・日吉町・相生町1丁目・横田町1丁目となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7112451